会長のつぶやきメモ

Memo pad of the chairman

2023/05/02

2023年5月 連休なんだけどやっぱり話をしないとね

さて前回は『2023年4月 さあ新学期がはじまりますね』についてお届けし、お送りしました。
今回は『2023年5月 連休なんだけどやっぱり話をしないとね』についてお話したいと思っています。

実は今月、用意していた原稿を少し変えてみました。先月末に私の恩師である大澤源吾教授がご逝去されました。その日はバタバタしていて急なお電話を先輩の現教授から直接お電話いただいたのですが、すぐに出れず、夕方にお電話してお話を伺いました。その後、食事会が催されていたので普段と変わることなくその日は過ごしましたが、翌日は久しぶりですがずっしりした気持ちになりました。

この大澤教授の人となりを今日はぜひ紹介したいと思います。新潟市の出身で新潟大学医学部第二内科、木下教授のもと研鑽され、かの世界的に有名な糖尿病性腎症でキンメルスティール先生の愛弟子でした。そんな大澤先生は我々内科学の基本の本とされる「朝倉内科学」という本の執筆も一部担当されており、第39回腎臓学会総会の会長も務められていました。

多くの教授がおられる中、学問に真摯にお向かいの姿が印象的で、特に若い子にとって当たり前のことでも、教授であってもわからないことは「私は腎臓バカですので…」と前置きをしながら質問されるような先生。多くの内科教授が私を自分の教室に直接入局を口説いてくださいましたが、先生だけは直接でなく間接的に「齋木君はうちに来てくれないもんかな?」というような言い方しかされない先生。そして私はそんな素直で純粋な先生だからこそ、川崎医大腎臓内科に入局しました。そして最初から決めていました。こんな教授はけして人生に二度と表れないだろう。だから先生が在任中は必ず、ここに留まって一兵卒で頑張ると…

そして学会でもいつのまにか最後の挨拶を求められるようなお偉い先生なのに、朝会うと立ち止まり深々と頭を下げながら「おはようございます」という先生。若い私がどうしても納得できなくて、くいさがって先生と意見の食い違いがあっても、私の気持ちにたいして「わかった。じゃあやってみろ」と許容してくださった先生。大半は私が間違ってましたが、それでもこんな私を尊重してくださいました。私には本当にいろんな思い出があります。

先生には3回くらい顔を真っ赤にさせて多分、ご機嫌を損ねかけたことがあったかもしれない。それでもこの先生の教室に居れてこと、その教室でご一緒に仕事もできたこと。私は幸せでした。大澤源吾医師の弟子であることが私には勲章であり、また私のパワーの源でした。単に腎臓内科の医師であったのではなく、その前の人としてどうあるべきなのか?を教えてくださった唯一の先輩医師であったような気がします。

齋木豊徳は先生の退官と共に10年過ごした川崎医大を卒業し、別の病院の役職につきます。その後2001年開業します。そのどちらもすごく心配していただき、現川崎医大腎臓内科教授の佐々木教授に私のことを尋ねたりしていたようです。そんな経緯もあり、いの一番に佐々木教授が電話をくださいました。私はある意味実の両親に対しても、大澤先生に対しても親不孝、師匠不幸な人間でしょう。それでも医師というものは使命があり、それぞれの立場において、人として人間として学ばせていただけたことを次の時代に紡いでいきたいと思っております。どれだけ伝えられるのか? はわかりませんが、最善を尽くします。

私の医師としての「親父さん」、大澤先生。
正月には医局員を家に招いて、酒をふるまい一人一人にお注ぎされ、感謝を述べられる先生…あの大好きな先生に、お疲れさまでした。そして有難うございました。先生から頂戴した思いは形にしてこれからの患者さんやスタッフに伝えてまいります。

ありがとうございます。

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